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約束の地

日本(JAPAN)
07 /10 2017

 幸せになりたいのであれば、日本を愛することだ。
 この日本の風土、自然環境を、いつの日からか日本と名づけられたこの大地に生きる人たちを、そして天皇をだ。
 私は、国、国家がそれ程大事だとは思わない。大事なのは、日本という自分が生まれ生きたこの土地だ。自然環境だ。

 あの戦争で散っていった兵士たちや犠牲となった人たちの魂が靖国神社に戻ってくるかどうかはわからない。

 だが、彼らの生き死には、この日本と深く関わりを持っていることは確かだ。
 何故なら、彼らは日本人だからだ。そして、日本人にとって、この日本という土地こそが、約束の地だ。
 今という時代を生きる僕らもまた同様だ。


  



 私が普通のサラリーマンだった時、その頃、仕事も金も交友も女性関係も、何となくそこそこ上手くいっていた。セックスだってしていた。今よりずっといい環境・状態だった。
 だが、そういう生活の中にあって、自分の将来に対して、ぼんやりとした不安感と失望感があった。「果たして自分はこのままでいいのだろうか」。そんな疑問が常にあった。
 自分の未来の青写真はいとも簡単に描けた。それは、自分の父や母の姿ではなかったか。

 それは、確かに幸せなんだと思う。だがその幸せっていうのは、モノ的な幸せだ。
 語彙に乏しく相変わらずわかりにくくて申し訳ない。
 物量的、物質的な幸せ、物理的に幸せ・・・。とにかく、周りにあるものすべてが、”モノ”的だった。人生さえも、”モノ”だった。

 その後、パニック障害の症状がひどくなり、サラリーマンを断念し、作家になる夢も才能が無いことがはっきりとわかり、諦め、さらには、当時付き合っていた女性とも私が一方的に悪いひどい別れ方をしてしまった。

 まるで罰が当たったかのように生活が逼迫していく中で、だが私には、新しい仕事を見つける前に、どうしても答えを見つけておきたい課題があった。その課題が解決されなくては、また同じことを繰り返すと思った。それが今の自分の急務だと思った。

 「自分は本当はどうあるべきなのか」という課題・急務だ。

 経過は省こう。結論だけを言おう。
 ある時だ。自分のこれまでの人生すべてが引っくり返された。即ち、否定された。まず、その衝撃の感覚があった。
 おれは自分を生きていない。すべてはモノだったんだ。

 私は、男であり、日本人であり、そして仕事に就けばその仕事の従事者である。
 それまでの人生で唯一、自分を生きていたと言えるのは、システムエンジニアであり、営業マンだった。
 男としての自分、日本人としての自分という意味では、全然成ってなかった。成ってない、わかってない、そういう問題意識すらない・・・。そんなあやふやな状態・認識で、自分は大人の年齢になってしまったのだ。セックスさえもモノ的快楽だったのだ。


 今、答えが見出せた。とは言えない。それに、以前よりも上手くいかないことの方が多くなってしまった・・・。

 ある日、どしゃ降りの雨の中、私は自転車で走っていた。急いでいた。排水溝で前輪が滑った。真横には私の自転車と並走するように車たちがびゅんびゅん飛ばしていた。あ、逝ったな・・・、と思った。並走する車のタイヤに巻き込まれる自分の姿が浮かんだ。おれの人生これまでか・・・、と思った。何、一瞬だけ痛みを我慢すればいいのさ・・・、と思った。そして私はその時、自転車のペダルを、むしろ、踏み込んだ。

 結果論だが、私は車道ではなく、歩道に投げ出され、おおげさかもしれないが、一命を取り留めた。今思えば、ペダルをあえて踏み込んだのが良かったのかもしれない。しばらく、倒れた自転車と共にその場に座りつくした。雨は全く気にならなかった。


 彼らの死に様、というより、むしろ生き様だ。その生き様に何となく、答えを、自分を、感じるんだ。
 死んで良かったなんて断じて言わない。死んで幸せだったなんて断じて言わない。それに、私ごときが、彼らのような英雄に比肩し得るとは思ってない。
 現代を生きる日本人には、現代を生きる日本人としてのミッションがあるはずだ。私は、それを見出し、全うしたいと思っている。

 
 
 
 
 
 
 
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