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パールハーバー

日本
07 /28 2017
 事の善悪はともかくだ。
 私は、太平洋戦争、つまり、対米英戦争に、それまでの日本、それこそ、日本有史以来の日本だ。
 その総決算を見るような気がするんだ。

 軍事史や政治だけじゃない。日本の文化、伝統、精神・・・。教科書に載ってない農家の人々の暮らし。身分制度あれど、一人一人の生活や人生、思い。

 だけど、彼らは、日本を意識していたのだろうか?

 農業に懸命に従事する人々に、日本という意識があったのだろうか?時の為政者の名前を知っていただろうか?
 明治維新前の日本人の多くは、おそらく、自分たちの暮らすこの土地が、”日本”である、ということすら知らなかったに違いない。武士階級なんてごく一部だ。
 ただ懸命にこの厳しい自然環境と向き合い、田畑を耕していたんだと思う。生きるために。


 昭和16年12月8日。
 日本は、中国戦線とは全く別個の戦いとして、対米英戦争を敢行した。即ち、真珠湾攻撃だ。
 結果、日本は負けた。

 日本は負け、GHQはそれまでの日本は全部間違っていて、食事やら文化やら含め、第二のアメリカに仕立てあげようとした。
 その反日思想・反日吹き込みに激しく抵抗したのが、三島由紀夫だった。
 だが、三島の抵抗空しく、日本はアメリカに文化もファッションも歴史も思想も言葉も飲み込まれていった。

 何でもかんでも、アメリカ風、アメリカ流が正しい。カッコいい。お洒落。時代の最先端。モテる。
 以前の日本は全部間違っていた。
 あの戦いを鼻で笑い、ばかにし、広島・長崎は必要悪だと開き直り、日本魂や天皇を口にすることはダサいとされ、いつの間にか暗黙の内にタブーとなった・・・。

 告白すれば、恥ずかしながら、私もその一人だった。


 あの戦争の歴史的意義や意味や背景、善悪。それについてはよくわからない。
 私にしても、今だからこそ言えることかもしれない。
 日本は決して間違ってなかった。日本は、清く正しく、そして美しかった。あの強大な物資・軍事力を誇る米英に、どのような理由・訳・大義名分であれ、戦いを挑んだ。

 為政者はともかく、一人一人の兵隊たちは、決死の思いだった。心から、日本を思っていた。天皇を思っていた。母親を思っていた。

 僕らは、彼らのそんな思いに今、どんな風に応えればいいのだろうか・・・。


 
 
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約束の地

日本
07 /10 2017

 幸せになりたいのであれば、日本を愛することだ。
 この日本の風土、自然環境を、いつの日からか日本と名づけられたこの大地に生きる人たちを、そして天皇をだ。
 私は、国、国家がそれ程大事だとは思わない。大事なのは、日本という自分が生まれ生きたこの土地だ。自然環境だ。

 あの戦争で散っていった兵士たちや犠牲となった人たちの魂が靖国神社に戻ってくるかどうかはわからない。

 だが、彼らの生き死には、この日本と深く関わりを持っていることは確かだ。
 何故なら、彼らは日本人だからだ。そして、日本人にとって、この日本という土地こそが、約束の地だ。
 今という時代を生きる僕らもまた同様だ。


  



 私が普通のサラリーマンだった時、その頃、仕事も金も交友も女性関係も、何となくそこそこ上手くいっていた。セックスだってしていた。今よりずっといい環境・状態だった。
 だが、そういう生活の中にあって、自分の将来に対して、ぼんやりとした不安感と失望感があった。「果たして自分はこのままでいいのだろうか」。そんな疑問が常にあった。
 自分の未来の青写真はいとも簡単に描けた。それは、自分の父や母の姿ではなかったか。

 それは、確かに幸せなんだと思う。だがその幸せっていうのは、モノ的な幸せだ。
 語彙に乏しく相変わらずわかりにくくて申し訳ない。
 物量的、物質的な幸せ、物理的に幸せ・・・。とにかく、周りにあるものすべてが、”モノ”的だった。人生さえも、”モノ”だった。

 その後、パニック障害の症状がひどくなり、サラリーマンを断念し、作家になる夢も才能が無いことがはっきりとわかり、諦め、さらには、当時付き合っていた女性とも私が一方的に悪いひどい別れ方をしてしまった。

 まるで罰が当たったかのように生活が逼迫していく中で、だが私には、新しい仕事を見つける前に、どうしても答えを見つけておきたい課題があった。その課題が解決されなくては、また同じことを繰り返すと思った。それが今の自分の急務だと思った。

 「自分は本当はどうあるべきなのか」という課題・急務だ。

 経過は省こう。結論だけを言おう。
 ある時だ。自分のこれまでの人生すべてが引っくり返された。即ち、否定された。まず、その衝撃の感覚があった。
 おれは自分を生きていない。すべてはモノだったんだ。

 私は、男であり、日本人であり、そして仕事に就けばその仕事の従事者である。
 それまでの人生で唯一、自分を生きていたと言えるのは、システムエンジニアであり、営業マンだった。
 男としての自分、日本人としての自分という意味では、全然成ってなかった。成ってない、わかってない、そういう問題意識すらない・・・。そんなあやふやな状態・認識で、自分は大人の年齢になってしまったのだ。セックスさえもモノ的快楽だったのだ。


 今、答えが見出せた。とは言えない。それに、以前よりも上手くいかないことの方が多くなってしまった・・・。

 ある日、どしゃ降りの雨の中、私は自転車で走っていた。急いでいた。排水溝で前輪が滑った。真横には私の自転車と並走するように車たちがびゅんびゅん飛ばしていた。あ、逝ったな・・・、と思った。並走する車のタイヤに巻き込まれる自分の姿が浮かんだ。おれの人生これまでか・・・、と思った。何、一瞬だけ痛みを我慢すればいいのさ・・・、と思った。そして私はその時、自転車のペダルを、むしろ、踏み込んだ。

 結果論だが、私は車道ではなく、歩道に投げ出され、おおげさかもしれないが、一命を取り留めた。今思えば、ペダルをあえて踏み込んだのが良かったのかもしれない。しばらく、倒れた自転車と共にその場に座りつくした。雨は全く気にならなかった。


 彼らの死に様、というより、むしろ生き様だ。その生き様に何となく、答えを、自分を、感じるんだ。
 死んで良かったなんて断じて言わない。死んで幸せだったなんて断じて言わない。それに、私ごときが、彼らのような英雄に比肩し得るとは思ってない。
 現代を生きる日本人には、現代を生きる日本人としてのミッションがあるはずだ。私は、それを見出し、全うしたいと思っている。

 
 
 

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KAMIKAZE

日本
07 /01 2017
 私の解雇が決まった時、周囲の意見を押し切って、反対してくれたのが、彼だった。
 解雇の理由は明らかに私の失態であり、また、再三の勧告を受けたにも関わらず、私は同じ過ちを繰り返した。
 クビは覚悟していた。言い訳なんて出来るはずも、するつもりもなかった。

 ところが、たった一人、和巳継続を、彼は主張してくれたのだ。
 危険な主張だ。私はただでさえ、眉をひそめられている身。場合によっては、彼も煽りを食らうかもしれない。
 こんな私に対し、「和巳さんと長く働きたい」とまで言ってくれた。そして彼の必死の説得によって、私はその時、解雇を免れた。

 しかしその後、私は一晩考え、部長に、解雇とのこと、かしこまりました。ただ、それまで少しだけお時間を下さい。と回答した・・・。

 この決断と行動が正しかったかどうか、わからないでいる・・・。
 私が今後どうなるかはともかく、彼の気持ち・思いに対する裏切りの感が拭えない。と言うより、この行為は裏切りだ。
 10数年前、今後の自分の人生において、自分は傷つけられても、人を傷つけるのはやめようと決意したはずにも関わらずだ・・・。

 彼に対するお詫びと彼の思いに応えるべく最後まで努力することを前述させて頂いた・・・。しかし、この心のわだかまりは後々まで尾を引くだろう。私は友情一つ、守れなかったのだ。

 ・・・。

 私は一体、いつまでこんな負け戦を続けるつもりだ?
 特攻隊の飛行機が撃墜され海に突っ込んでいったり、敵艦に体当たりする映像を見ては、胸がきりきりと痛む。
 そんな意地を張ってどうするんだ?たとえ死を賭しても、たとえ負けることがわかっていても、神風と名付けられたそのプライドが大事なのか・・・。

 それは、何か間違っているような気がするんだ・・・。

 
 

肉食動物の掟

日本
06 /03 2017
 私は、どうしても肉食を良しとする論理が見出せない。
 エスキモーやイヌイットのような超極寒の風土・自然環境の中で暮らす人々ならわかる。体温を維持しなければ自分が死ぬ。そのために肉を食べる。それも確か、100%肉食だ。
 と言っても、彼らの食べ方は日本やアメリカのそれとは大きく違う。全部食べるのだ。捨てる部位などない。彼らにとってたとえ骨一本とて不要な部分なんてないんだ。美味い部位だけ抜き取って香辛料・味付けして、残りは捨てて食べるなんて信じられん。

 肉を食べたければ、アフリカに行ってライオンと戦って勝ったらその肉を食って良し。それも素手、徒手空拳でだ。
 負ければ、当然自分が食われる。
 だが、それが自然界の掟だろ。自分が肉食動物として生まれた運命だろ。

 私は動物を養殖して食べる、という食文化がどうしても賛成できない。
 彼らは自然界における生存競争の中で、あるいは自然の営みの中で死んでいくんじゃない。
 単に、人間のエゴによってその生命を、生んでは断たれるんだ。神に背く行為としか思えない。こんな野蛮極まる行為はない。

 だが、告白しよう。
 私も、たまに実家に帰った時、帰りに母がお弁当を持たせてくれる。そのお弁当の中に、お肉が入っているんだ。
 さすがに命の綱の食べ物を捨てるわけにはいかない。だから、信条に反し、複雑な思いで、しかしありがたく、食べさせて頂いている・・・。

 それ以外では、私の毎日食べさせて頂いているものは、鯖缶、納豆、塩ご飯だ。
 毎日毎日、飽きもせず、鯖缶、納豆、塩ご飯だ。私にすれば、飽きるどころか、この世にこんな美味いものはない。こんな美味いもの食べちゃっておれいいのかな、という思いで毎日食べさせて頂いている。


 私の言うことは極端かい?

 確かに私はエゴイストだ。この記事、いやこのブログ自体がもはやエゴイストの塊だ。だが、反論・異論があれば是非聞かせてほしい。きみがそれを言う権利はこのエゴイストが命を賭けても守る。


 関連記事→「悪魔の飽食」(この記事の中の言葉、今も変わってないよ)
 
 

三島由紀夫と東大全共闘

日本
05 /06 2017
 私がSEをしていた頃だ。
 客先を交えてのミーティング。客先、つまり、エンドユーザーだが、外資系広告会社。青山にあった。
 私の目の前に並んだ方々は、端から端まで、東大東大東大・・・。その中で、緊張しながらその時担当していたシステムの質疑応答や提案を行なった・・・。

 東大の思い出と言えば、それくらいか・・・。
 ※あえて言うが、私は全然東大じゃないよ(笑)

 ・・・。

 私にとって三島由紀夫とは、『金閣寺』であり、この東大全共闘との対談であり、そして、割腹自殺だ。
 生き方とか思想とか、意外にも、そんなに影響を受けてない。
 ただ、何となく、記憶に残り、心の片隅にいつもいる先生であり、そして、概ね賛成だ・・・。

 
 

君が代

日本
03 /27 2017
 政治家の仕事は、国民を飢え、寒さ、外敵から守ることだ。

 本来誰のものでもないこの大地、自然環境。
 それを国として、国家を名乗り、そこに生き暮らす人々から税金を課し卑しくも統治するのであれば、
飢え、寒さ、外敵から、国民を死守しなければならない。
 何故なら、人間もまた動物。産まれおちたその瞬間から、飢え、寒さ、外敵からの攻撃、その脅威との戦いだからだ。

 どこの国の政治家であれ、政治家の仕事、使命はそれだけだ。


 だけど、日本の場合はちょっと特殊なんだ。

 日本の政治家の絶対的な使命は、皇室を何が何でも存続させることだ。万世一系の系譜を、絶対に死守しなければならない。日本の政治家の仕事はそれだけと言っても過言ではない。

 もし、天皇制がなくなれば、日本は、言いたくないが、事実上、滅ぶ。
 日本人が日本人であり、日本が日本である意味も意義も失われ、プライドも精神性も失われる。そして何よりも、日本人が最も尊ぶべき美が失われる。何故なら、皇室がなければ、僕らは日本人である必要がないんだもの。自分たちの利害だけ考えるような醜い国民性に成り下がる。法や何かの制度等、理性で人々の精神性を制御・左右しようとしてもだめだ。いったんは上手くいくかもしれないが、やがて壊れる。
 それこそ、今の中国や朝鮮みたくなってしまうんだ。

 日本の天皇は、かつて世界にあった皇帝ともまた違う存在だ。

 GHQは何とかこの不可思議な存在である、天皇を、日本人の心や頭から排除しようとしたが、単なるマスコットにしようとしたが、だめだったようだ。


 ともかく、この万世一系の系譜が存続する限り、日本は不滅だ。
 
 君が代は、正しかったんだ。
 
 

人と異なることを恐れることなかれ(吉田松陰)

日本
03 /05 2017
 世間の他の人たちはどうあれ、自分はこうあり、こう生きる。それが自己だ。


 志とは何だろうか?

 自分の心が指し示すもの、じゃないかな・・・。

 志を立てるっていうのは、まるでペニスの勃起のように、心のペニスをその指し示すものに対して勃起させることじゃないかな。