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Dream On

日本(JAPAN)
01 /31 2018
 歴史っていうのは恐ろしいもんだなって思うよ。
 武田鉄矢さんが言ったように、僕らの生は、過去のあらゆる死の上、犠牲の上に、成り立ってるんだなって思う。
 学校で習い教科書に載っている歴史は、いわばきれいな歴史だ。

 僕らは本当の歴史を知り、学ばなければならない。そうでなければ、日本はついに見えてこない。僕らの生き方もあり方もわからないままだ・・・。

 
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お説教

日本(JAPAN)
10 /25 2017
 政治で人が幸せになることはない。
 承知のことと思うが、幸せも快楽も自分の努力次第だ。何もしなけりゃずっとそのまま不幸のままだ。
 何故なら、人生とは畢竟、苦しきことのみ多かりき。生きるとは苦しいことだからだ。短く、苦しく、快楽も快感もない。人生とはそんなもんだ。何もしなけりゃな。

 政治と個人の人生とは無関係だ。政治家なんて誰がなったって同じ。だけど、もし出来れば、日本の政治家にはこんな男になってほしい。

 矢沢永吉は、「成りあがり」を上梓した時点で、既に「成りあがり」を越えたね。

 

座頭市

日本(JAPAN)
10 /05 2017
 この殺陣には、ブルース・リーも影響を受けたそうだ。
 昨今、時代劇が廃れていっているそうだが、それは殺陣の技術が低くなってしまったからだそうだ。
 この人間業の極致。映像技術が高くなるにつれ、廃れていくのはもはやさだめか・・・。

 殺陣もそうなんだが、私は、勝新太郎のこの人間の深み、日本人としての深みに感銘を受けるんだよね。

 存在感ってやつだよ。

 
 

JAPAN

日本(JAPAN)
09 /19 2017
 外国人から見た日本、ということらしい。
 ちょっと前までは、日本と言えば、中国大陸の一部で中国の一部、のようなイメージだったが・・・。松田優作の遺作である『ブラックレイン』で描かれた日本はそんな感じだった。
 でもまあ外国の方々が日本にどんなイメージを持とうが、それは彼らの自由だ。僕ら日本人が日本人らしくあればいいのだ。

 中国の一部の日本。それが変わったか・・・。みんないい笑顔だ。自分がこういう土地、場所に生き、暮らしてるのか、と改めて感じさせられる。
 気持ちもまた、高揚してくるってものさ。

 
 

パラオの国旗

日本(JAPAN)
09 /19 2017
 徒に日本を賛美したくないし、情報に左右されたくもない。
 だが、こういう映像を見ると、やはり、泣くね。あまりに美し過ぎて、自分が恥ずかしくなる。

 
 

箱根八里

日本(JAPAN)
09 /03 2017
 この曲、誰が作ったか知ってる?

 暗い気分の時、暗い歌なんて聞いてどうする。

 そういう時は、そうだな。歌うのさ。


 
 

パールハーバー

日本(JAPAN)
07 /28 2017
 事の善悪はともかくだ。
 私は、太平洋戦争、つまり、対米英戦争に、それまでの日本、それこそ、日本有史以来の日本だ。
 その総決算を見るような気がするんだ。

 軍事史や政治だけじゃない。日本の文化、伝統、精神・・・。教科書に載ってない農家の人々の暮らし。身分制度あれど、一人一人の生活や人生、思い。

 だけど、彼らは、日本を意識していたのだろうか?

 農業に懸命に従事する人々に、日本という意識があったのだろうか?時の為政者の名前を知っていただろうか?
 明治維新前の日本人の多くは、おそらく、自分たちの暮らすこの土地が、”日本”である、ということすら知らなかったに違いない。武士階級なんてごく一部だ。
 ただ懸命にこの厳しい自然環境と向き合い、田畑を耕していたんだと思う。生きるために。


 昭和16年12月8日。
 日本は、中国戦線とは全く別個の戦いとして、対米英戦争を敢行した。即ち、真珠湾攻撃だ。
 結果、日本は負けた。

 日本は負け、GHQはそれまでの日本は全部間違っていて、食事やら文化やら含め、第二のアメリカに仕立てあげようとした。
 その反日思想・反日吹き込みに激しく抵抗したのが、三島由紀夫だった。
 だが、三島の抵抗空しく、日本はアメリカに文化もファッションも歴史も思想も言葉も飲み込まれていった。

 何でもかんでも、アメリカ風、アメリカ流が正しい。カッコいい。お洒落。時代の最先端。モテる。
 以前の日本は全部間違っていた。
 あの戦いを鼻で笑い、ばかにし、広島・長崎は必要悪だと開き直り、日本魂や天皇を口にすることはダサいとされ、いつの間にか暗黙の内にタブーとなった・・・。

 告白すれば、恥ずかしながら、私もその一人だった。


 あの戦争の歴史的意義や意味や背景、善悪。それについてはよくわからない。
 私にしても、今だからこそ言えることかもしれない。
 日本は決して間違ってなかった。日本は、清く正しく、そして美しかった。あの強大な物資・軍事力を誇る米英に、どのような理由・訳・大義名分であれ、戦いを挑んだ。

 為政者はともかく、一人一人の兵隊たちは、決死の思いだった。心から、日本を思っていた。天皇を思っていた。母親を思っていた。

 僕らは、彼らのそんな思いに今、どんな風に応えればいいのだろうか・・・。


 
 

約束の地

日本(JAPAN)
07 /10 2017

 幸せになりたいのであれば、日本を愛することだ。
 この日本の風土、自然環境を、いつの日からか日本と名づけられたこの大地に生きる人たちを、そして天皇をだ。
 私は、国、国家がそれ程大事だとは思わない。大事なのは、日本という自分が生まれ生きたこの土地だ。自然環境だ。

 あの戦争で散っていった兵士たちや犠牲となった人たちの魂が靖国神社に戻ってくるかどうかはわからない。

 だが、彼らの生き死には、この日本と深く関わりを持っていることは確かだ。
 何故なら、彼らは日本人だからだ。そして、日本人にとって、この日本という土地こそが、約束の地だ。
 今という時代を生きる僕らもまた同様だ。


  



 私が普通のサラリーマンだった時、その頃、仕事も金も交友も女性関係も、何となくそこそこ上手くいっていた。セックスだってしていた。今よりずっといい環境・状態だった。
 だが、そういう生活の中にあって、自分の将来に対して、ぼんやりとした不安感と失望感があった。「果たして自分はこのままでいいのだろうか」。そんな疑問が常にあった。
 自分の未来の青写真はいとも簡単に描けた。それは、自分の父や母の姿ではなかったか。

 それは、確かに幸せなんだと思う。だがその幸せっていうのは、モノ的な幸せだ。
 語彙に乏しく相変わらずわかりにくくて申し訳ない。
 物量的、物質的な幸せ、物理的に幸せ・・・。とにかく、周りにあるものすべてが、”モノ”的だった。人生さえも、”モノ”だった。

 その後、パニック障害の症状がひどくなり、サラリーマンを断念し、作家になる夢も才能が無いことがはっきりとわかり、諦め、さらには、当時付き合っていた女性とも私が一方的に悪いひどい別れ方をしてしまった。

 まるで罰が当たったかのように生活が逼迫していく中で、だが私には、新しい仕事を見つける前に、どうしても答えを見つけておきたい課題があった。その課題が解決されなくては、また同じことを繰り返すと思った。それが今の自分の急務だと思った。

 「自分は本当はどうあるべきなのか」という課題・急務だ。

 経過は省こう。結論だけを言おう。
 ある時だ。自分のこれまでの人生すべてが引っくり返された。即ち、否定された。まず、その衝撃の感覚があった。
 おれは自分を生きていない。すべてはモノだったんだ。

 私は、男であり、日本人であり、そして仕事に就けばその仕事の従事者である。
 それまでの人生で唯一、自分を生きていたと言えるのは、システムエンジニアであり、営業マンだった。
 男としての自分、日本人としての自分という意味では、全然成ってなかった。成ってない、わかってない、そういう問題意識すらない・・・。そんなあやふやな状態・認識で、自分は大人の年齢になってしまったのだ。セックスさえもモノ的快楽だったのだ。


 今、答えが見出せた。とは言えない。それに、以前よりも上手くいかないことの方が多くなってしまった・・・。

 ある日、どしゃ降りの雨の中、私は自転車で走っていた。急いでいた。排水溝で前輪が滑った。真横には私の自転車と並走するように車たちがびゅんびゅん飛ばしていた。あ、逝ったな・・・、と思った。並走する車のタイヤに巻き込まれる自分の姿が浮かんだ。おれの人生これまでか・・・、と思った。何、一瞬だけ痛みを我慢すればいいのさ・・・、と思った。そして私はその時、自転車のペダルを、むしろ、踏み込んだ。

 結果論だが、私は車道ではなく、歩道に投げ出され、おおげさかもしれないが、一命を取り留めた。今思えば、ペダルをあえて踏み込んだのが良かったのかもしれない。しばらく、倒れた自転車と共にその場に座りつくした。雨は全く気にならなかった。


 彼らの死に様、というより、むしろ生き様だ。その生き様に何となく、答えを、自分を、感じるんだ。
 死んで良かったなんて断じて言わない。死んで幸せだったなんて断じて言わない。それに、私ごときが、彼らのような英雄に比肩し得るとは思ってない。
 現代を生きる日本人には、現代を生きる日本人としてのミッションがあるはずだ。私は、それを見出し、全うしたいと思っている。

 
 
 

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三島由紀夫と東大全共闘

日本(JAPAN)
05 /06 2017
 私がSEをしていた頃だ。
 客先を交えてのミーティング。客先、つまり、エンドユーザーだが、外資系広告会社。青山にあった。
 私の目の前に並んだ方々は、端から端まで、東大東大東大・・・。その中で、緊張しながらその時担当していたシステムの質疑応答や提案を行なった・・・。

 東大の思い出と言えば、それくらいか・・・。
 ※あえて言うが、私は全然東大じゃないよ(笑)

 ・・・。

 私にとって三島由紀夫とは、『金閣寺』であり、この東大全共闘との対談であり、そして、割腹自殺だ。
 生き方とか思想とか、意外にも、そんなに影響を受けてない。
 ただ、何となく、記憶に残り、心の片隅にいつもいる先生であり、そして、概ね賛成だ・・・。