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プライド

おれ的問題意識
05 /21 2017
 そっか。一社目辞めてから、まだ一年経ってないのか・・・。
 目まぐるしく環境が変わった。私のことだ。これからも変わるだろう。
 自分の居場所や環境、人が変わると、時の流れがやたら遅く感じる。一日一日がずっしりと重いのだ。だが何、マンネリよりはマシさ。


 私は、プライドという言葉を、矜持とは訳していない。
 「矜持」:自信と誇り。自信や誇りを持って、堂々と振る舞うこと。きんじ。プライド。
 なるほど、プライドという意味も確かにあるのだな・・・。

 だが、私は普段、矜持という言葉を使っていない。即ち、自分の血肉となっていない言葉だ。

 言葉、知識知恵。それは自分のこの生身の体の血肉となっていなければ、人生にも実生活にもましてや仕事にも生かせない。どんな高尚な言葉であっても、自らの魂がこもってない言葉に人の心が動くことはない。響くこともない。生きることもない。

 だからと言って、私にとって、「プライド」という言葉。誇り、とも思えないし、自尊心ともまた違う。意地でも自信でもない。やはり、プライドは、「プライド」なのだ。

 強いて挙げれば、「意志」という言葉が一番近い。感覚的に。

 私は、今のところ、三役を担っている。あるいは、三つの道を持っている。
 私は、「介護職員」(労働者)であり、「日本人」であり、そして、「男」だ。この三役だ。
 この三役を追求するのが、このブログの目的だ。私は経験がなければ記事が書けない。つまり、このブログを充実させるということは、自分自身の人生を充実させるということだ。

 アダルト記事もあり、それが果たして「プライド」かどうかはわからないけれど、ともかくもお付き合い頂ければ幸いです。

 これからもどうぞ、よろしくお願いします。
 
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何故、生きる?

おれ的問題意識
04 /23 2017
 おれは何故、生きているんだ?

 そりゃ、死ぬとなったらそれなりにじたばたするに違いない。

 しかし、「何故、生きるのか」、という命題は難しい。
 私は43歳だ。
 今さら夢を追う年齢でもない。人生を希望に託す年齢でもない。

 老いてなお、人は生きるのか

 いや、老いてるなんて実感はないよ、全然。性欲もあれば、食欲もある。60歳くらいまでは今のまま、今のこの体のまま現役で行ける自信もあるよ。寿命の程は、知らんがね・・・。


 あの頃のような熱さがないんだ・・・。
 やりたいことは、いろいろとまあそこそこある。
 女性ともセックスしたいと思ってる。だけど、あの頃のような執着心がない。女性(セックス)の優先順位はかなり下がる。強がりでなく。それこそ、このまま一人のまま人生終えてもいいかな、と思ってる。それがおれの運命だったんだ、と思ってる。

 別に諦めてる(諦念って言うのかな)わけじゃないんだ。

 死ぬ、というタイミングになれば、やっぱりそれなりにじたばたおたおたすると思うんだ。

 では、何故、生きる?何故、おれは生きている?死のうと思わない?

 わからん・・・。プライド、としか言いようがない・・・。
 
 

菓子パンの魔力

おれ的問題意識
04 /01 2017
 食欲はいくらでも我慢できる。別に苦労してない。

 問題は、菓子パンだ。

 やめるのに一年くらいかかった。やっとやめられた、と思った・・・。
 このブログでも自戒するために、あえて記事を消さずに残してある。これとかこれとか。
 おかげで、チョコレートやらスナック菓子やらお菓子の類はいっさいやめられた。

 菓子パンは死ぬ程美味いとどこかの記事で書いてあった。


 唐突に襲い掛かってくる。菓子パンの欲望が。夜。寝てる時。
 脳が犯されてる感じだ。エンドロフィンだかドーパミンだか脳内の麻薬物質が一気に噴出している気がする。
 要は、菓子パンは美味を越えて、快感なのだ。

 別に私はふざけてるわけじゃない。
 これは、これまで自堕落で暴飲暴食してきたつけだ。
 そんなしつこい欲望も、朝になるとケロッと消えているから不思議なもんだ。

 昨夜は何とか我慢できた。禁菓子パン、何とか継続中だ。これも男のプライドってやつだ(笑)
 
 

君が代

おれ的問題意識
03 /27 2017
 政治家の仕事は、国民を飢え、寒さ、外敵から守ることだ。

 本来誰のものでもないこの大地、自然環境。
 それを国として、国家を名乗り、そこに生き暮らす人々から税金を課し卑しくも統治するのであれば、
飢え、寒さ、外敵から、国民を死守しなければならない。
 何故なら、人間もまた動物。産まれおちたその瞬間から、飢え、寒さ、外敵からの攻撃、その脅威との戦いだからだ。

 どこの国の政治家であれ、政治家の仕事、使命はそれだけだ。


 だけど、日本の場合はちょっと特殊なんだ。

 日本の政治家の絶対的な使命は、皇室を何が何でも存続させることだ。万世一系の系譜を、絶対に死守しなければならない。日本の政治家の仕事はそれだけと言っても過言ではない。

 もし、天皇制がなくなれば、日本は、言いたくないが、事実上、滅ぶ。
 日本人が日本人であり、日本が日本である意味も意義も失われ、プライドも精神性も失われる。そして何よりも、日本人が最も尊ぶべき美が失われる。何故なら、皇室がなければ、僕らは日本人である必要がないんだもの。自分たちの利害だけ考えるような醜い国民性に成り下がる。法や何かの制度等、理性で人々の精神性を制御・左右しようとしてもだめだ。いったんは上手くいくかもしれないが、やがて壊れる。
 それこそ、今の中国や朝鮮みたくなってしまうんだ。

 日本の天皇は、かつて世界にあった皇帝ともまた違う存在だ。

 GHQは何とかこの不可思議な存在である、天皇を、日本人の心や頭から排除しようとしたが、単なるマスコットにしようとしたが、だめだったようだ。


 ともかく、この万世一系の系譜が存続する限り、日本は不滅だ。
 
 君が代は、正しかったんだ。
 
 

私の個人主義

おれ的問題意識
02 /17 2017
 智に働けば角が立つ。情に掉させば流される。意地を通せば窮屈だ。

 とかくに人の世は住みにくい。

 住みにくさが高じると、安いところへ引き越したくなる。
 どこへ越しても住みにくいと悟ったとき、詩が生れて、絵ができる。

 人の世を作ったのは神でもなければ鬼でもない。やはり向う三件両隣にちらちらするただの人である。
 ただの人が作った人の世が住みにくいからとて、越す国はあるまい。
 あれば人でなしの国に行くばかりだ。人でなしの国は人の世よりもなお住みにくかろう。

 越す事のならぬ世が住みにくければ、住みにくいところをどれほどか、寛容て(くつろげて)、束の間の命を、束の間でも住みよくせねばならぬ。

 ここに詩人という天職ができて、ここに画家という使命が降る。

 あらゆる芸術の士は人の世を長閑にし、人の心を豊かにするが故に尊い。



 ・・・。

 長くなったが、漱石、『草枕』の冒頭の文章だ。

 私には、意地もあれば、プライドもある。殴られれば、そりゃ殴り返すさ。

 私は、物事、人事の本来あるべき自然な姿ってのを大事にしてるだけだ。

 法の下の平等と言うが、私にしてみれば、人は皆、自然の摂理の下、平等なんだ。

 それが、私の個人主義だ。

 生きにくさ、働きにくさ、感じてるよ・・・。私には、いろいろと才能が無いんだと思う。


 そんな世の中に生きる人間の心を、たとえ一時的にせよ、平和な気分にし、人の心を豊かにするのが、漱石の言う所の芸術の士であるならば、私は、そのような介護従事者でありたい。

 芸術とまでは言わない。エンターテイナーだ。

 

飯島愛の死

おれ的問題意識
12 /30 2016
 10年。いや、もう10年以上だ。
 私はセックスしていない。特定のパートナーもいない。

 30歳だったか、当時付き合っていた女性とひどい別れ方をして、10年。10年は女性を断とうと決意したのだ。
 決意、とは語弊かもしれない。
 私には女性と付き合う資格がないと自覚したのだ。

 私は、彼女をひどく傷つけてしまった。

 取り返しはつかない。深い後悔と自責の念。

 爾来、10年以上、女性とは縁がない。縁をつくることもしていない。それは今も続いている。

 女性の愛し方を知らない限り、女性とは付き合えない。欲望のままに軽々しく付き合ってはいけない。


 愛するとは、畢竟、自分のあり方だ。
 自分がいかに男として、あるべき生き方、あり方をしているか。男としてあるべき姿をしているか。
 それは自然、言葉や態度、行為・行動に表れる。顔つき、体さえも変わってくるんだ。

 女性は見ている。感じている。
 その男の、男らしさ、逞しさ、強さを。
 本当に自分が信じ、この身を委ねることができる男かどうかを。


 この時期、どうしても思い出される女性がいる。
 その女性の死は、私にとって強い衝撃だった。その日一日、仕事にならなかったのを覚えている。

 「男が信じられなくなった」

 何も彼女がそう言ったわけではないが、何となく、彼女のそんな心の声が聞こえてくる。
 
 
 
 
 

孤高の時

おれ的問題意識
12 /05 2016
 現代人に孤独なんてない。
 生まれてから、学校時代を経て、社会人となり・・・、とまあ、そんな人生だ。世間というのは。
 その間、友達が出来たり、仕事をすれば仕事仲間が出来たり、とまあ、人間関係もいろいろだ。

 で、その人生、その日常のどこに孤独なんてあるんだ?
 要は、カノジョがいないってだけだろう?
 それは孤独とは言わないぞ。

 孤独ってそんなもんじゃない。とっても貴重で、ある意味贅沢な時間だと思う。


 世間から外れてみる。
 世間から外れ、仕事からも離れ、たったひとりになってみる。
 そんなひとりの時間、日々。そういう時期があってもいいんじゃないか。あるいは必要なんじゃないか、とさえ思うんだ。

 要は、自分を見つめ直す時期だ。
 これまで自分の生きてきた人生。そして自分自身。
 それを、自然というゼロベースに立ち返り、根底から疑ってみるんだ。
 

 そんな時期を孤独と言えるかどうかはわからない。

 寂しさを深く感じるのであれば、それは試練ともなろう。
 あるいは、何か本当にやりたいことが見つかるかもしれない。自分なりの哲学なり、真理が見出せるかもしれない。
 自分の内なる才能に気付くかもしれない。

 僕の場合、そのテーマはひたすら、「自分とは何か」だった。

 そして自分には、文学の才能がないことを知った。

 書き溜めた原稿、全て捨て、同時に、僕のひとりの時代も終わった。


 仕事さえせずひとりでいるのだから、生活は貧窮のどん底だ。
 だけど、その価値はあると思う。

 出てくる答えは、人それぞれさ。
 
 

明日どうなるかわからない

おれ的問題意識
11 /17 2016
 ぼろくそ言われると、特に相手が男だと、この野郎ぶん殴ってとんずらしちまおうかって思う。

 またかよ?説教のつもりか?今、仕事中だぜ・・・。

 心が追い詰められると、怒りの炎がめらめらと内々に燃え上がってくる。
 その炎の荒れ狂いを内々に感じる。
 怒り。これは怒りだ。

 だが、耐えろ。我慢だ。我慢。男だろ。

 拳を強く握り締め、そう自分に言い聞かせる。


 「あんたが仕事が出来ないから悪いんだろ?」

 そんな言葉にも耐える。

 これもプライド、かな・・・。

 自分が全て正しいなんて思ってもいないし、また、自分の仕事の不出来、遅さも分かってる。
 だからそれを指摘されても仕方がない。
 指摘の言葉も自分なりに素直に、真摯に受け止めているつもりだ。


 だが、ちょっと大げさだが、このぼろくそ言われ地獄にどこまで耐えられるか・・・。

 いや、耐えられたとして、いつくびになるか・・・。


 とにかく、私はいつどうなるかわからない身だ。
 仕事してても、安定も平和も幸せも感じない。くびを言い渡されて縋りつくつもりもない。
 まるで綱渡りだ。とても危険な。


 ただ、ご利用者さんたちとの触れ合いだけが楽しい。
 私の言葉や対応で、笑顔になってくれるのが嬉しい。
 それがむしろ私の支えになってくれている。

 そう。私は介護職だが、支えられてるのは、むしろ私の方なのだ。
 

人生に安定などない

おれ的問題意識
11 /10 2016
 人生に安定なんかない。平和もない。さらに言えば、幸せもない。
 そもそも人生に生きる価値などない。
 ただ、一時的な快楽があるだけだ。

 42歳。今更ながらにそれを知る。

 そしてそれを承知で、今日も生きる・・・。


 年末、道路工事が増えてきた。
 現場で働く中高年の男性たちを見、呟く。
 「お互い、精一杯、頑張りましょう・・・」

 重く苦しい心を引き摺りながら、今日も仕事に向かう。彼らと同じように。


 「生きるか、死ぬか」

 畢竟、人生って、それだけだと思う。
 今日という一日がどうなるのかさえ、誰にもわからない。
 それがわかるためには、今日を生きてみることだ。自分なりに。精一杯。

 生きることを選択した以上、自分の意志で生きることを決めた以上、そして男であるならば、死ぬな。

 華もなく、ただ苦しきことのみ多かりしこの人生。

 だがそれでも生きるのさ。この自分に。自分自身に。


 それが男のプライドってやつだろ?