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人間交差点

おれ的問題意識
07 /01 2017
 過失を犯してしまった。
 こんな私のことを心から期待してくれた彼のそんな気持ちに応えられなかった。
 彼に対する裏切りとも感じられる。

 義理人情とはかくも重いものか。

 望もうが望むまいが、人は一人ではない。自分ひとりで生きてるわけではないのだ。
 誰や彼や彼女の気持ちや思いの中で、自分は彼や彼女と交わり、そこに、自ずと人間ならではのつながり・義理人情が生まれる。
 だが、これはおれの人生だ!と開き直るのは、彼に対していかにも卑怯だ。

 まだ、仕事も彼との関わりも終わったわけではない。

 私はきちんとお詫びするべきだ。
 そして、彼の期待・思いに応えるべく、最後までやり抜こう。ただやり抜くのではなく、周囲の方々に認めて頂けるよう、精一杯努めるんだ。その為に、私の個人的な思いは、この一時期に限り、捨てる。それが彼に対するせめてもの償いだ。
 そしてもし、周りの方々に認められ、彼の思いに報いることができた暁には、彼を飲みにでも誘おうと思う。

 私は、仕事に誠実に真摯に取り組む彼の夢や理想や、そんなものを聞きたい。
 
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相談の意味がまるでない

おれ的問題意識
06 /11 2017
 いや、待て。
 自分のやりたいことができないからと言って、辞めるのはまだ早い。
 それは歯がゆく、時に悔しく怒りを感じ、じりじりした思いであることは確かだ。

 すぐカッとなるのは私の悪い癖だ。熱くなると動かずにいられない。じっとしていられない。おれの人生だ。やりたいことが出来ない、やらないなんて、人生じゃない。

 だが待て。
 とにかく、今の現場で、自分のやりたいことができるよう最大限の努力をすべきだ。
 環境のせいにしてはいけない。今の環境がそうなのであれば、自分がその環境を変えればいいんだ。

 ではどうやって?どうすれば今のこの環境を変えることができる?

 「何かやる時には必ずリーダーに相談しろ」
 私はその言に従い、100件以上相談した。が、100件ことごとく全部否定された。第一、だめって何だよ、だめって。意を決しせっかく提案・相談した挙句、結果、何のかんの理由つけて、その場ですぐ「だめ」って、そりゃねえよ・・・。一体何のための相談だよ。せめて代替案なり、会議で取り上げるなり、現場ミーティングをするなり、何か動けよ。何かやれよ。それがリーダーってもんじゃないの? 生産性がまるでない。「相談」する意味がまるでない。「相談」するだけ時間の無駄だ。

 例えば、入浴介助。
 重度の介護度のご入居者はシャワー浴になっている。だが、「お風呂に入りたい」と言っているんだ。「なんでお風呂に入れないの?」と言っているんだ。
 入浴させない理由は、「スタッフの体の負担になる」という全く納得できない理由。
 私がやります、と言えば、「安全性が保障できない」。
 機械浴を使用すれば安全性は高まります、と言えば、「今機械浴使ってないから」。(一体何のための設備だよ・・・)
 機械浴での入浴手順書出しますので、ミーティングして頂けませんか?、と言えば、「忙しいから・・・」。(忙しいからできないなんて、他の業界だったら机引っくり返されてるぞ・・・)

 残念だが、これ以上言うと、人間関係が悪化してしまう・・・。もはや手遅れか・・・。


 おっとまずいまずい。この記事、愚痴ばっかりになってしまった。ごめんごめん。

 とにかく、そんな現場をどうやって変えるか、それが私のテーマなんだ。という記事でした。愚痴ばっかりでごめん。。。
 

諸行無常の響きあり

おれ的問題意識
06 /07 2017
 「和巳さんがそれやると、他の職員は何でやらないのって話になる」
 ・・・。
 じゃああんたもやれよ。
 大したことしてねえだろ。おれのマッサージなんて子供が母親にする肩叩きに毛が生えたようなもんだ。
 やり方わからなけりゃ、喜んで教えるぞ。

 「いろいろやってくれてるんだけどねえ。あんまりご入居者の体に触ると誤解を招く。あの人のご家族、けっこうクレーマーなんだ」
 ・・・。
 下半身の機能訓練、要はやめろと・・・。あんなに喜んで下さってるのに・・・。

 「そんな余計なことするから、あんたは仕事が遅いの」
 ・・・。
 不安になっているご入居者の話を聞いてるだけだろ? 別に残業代くれなんて言ってないぞ。

 「安全が保障できないから」
 歩行練習もやめろと・・・。本人はこんなにやる気になってるんだぞ。

 「ご入居者さんが疲れるから」
 それ言ったらもう何にも出来ねえよ・・・。

 ・・・。

 やることなすこと押さえつけられて満たされるわけねえだろ。
 それが出来ねえ理由なんて百も二百も挙がるよ。人の欠点弱点なんて言い始めたらそれこそ切りがない。
 それより、どうすればそれが出来るか出切るようになるか考えろや。人の良い所見つける努力をしろや。欠点百個見つけて、良い所一つも見えないなんて、人としてどうかしてるぞ。あんたのな。

 とは言え、こんな私を雇って下さったご恩もあるし、何より、人間関係悪くしたくない。お仕事頂けてるだけでも本当にありがたいと思っている。
 だから、逆らったり、反論・異論言ってない。何言われても、グッと飲み込んで、「申し訳ございません。以後、気をつけます」だ。そう言うだけじゃなく、実際に従っている。上司、先輩の言うことは絶対なのだ。
 まるで、Mだ。しかし、ご主人様のお気に召さないMだ。尻尾なんて振ってられっかよ。

 何となくわかるよ。
 変えたくないんだろ? 変わりたくないんだろ? 変化が怖いんだろ?
 今の環境、仕事、人生・生活・・・。

 だがな。望もうが望むまいが、諸行は無常だぜ。おれでなくても、誰かが、あるいは何かが、否応なく、今の状態を変えていく。今っていう時も環境も人も変わっていく。変えられてしまう。そして、自分に変化を余儀なくされた時は、もう既に時遅しなんだ。

 それが嫌なら、自分から変わることだと思うぜ。

プライド

おれ的問題意識
05 /21 2017
 そっか。一社目辞めてから、まだ一年経ってないのか・・・。
 目まぐるしく環境が変わった。私のことだ。これからも変わるだろう。
 自分の居場所や環境、人が変わると、時の流れがやたら遅く感じる。一日一日がずっしりと重いのだ。だが何、マンネリよりはマシさ。


 私は、プライドという言葉を、矜持とは訳していない。
 「矜持」:自信と誇り。自信や誇りを持って、堂々と振る舞うこと。きんじ。プライド。
 なるほど、プライドという意味も確かにあるのだな・・・。

 だが、私は普段、矜持という言葉を使っていない。即ち、自分の血肉となっていない言葉だ。

 言葉、知識知恵。それは自分のこの生身の体の血肉となっていなければ、人生にも実生活にもましてや仕事にも生かせない。どんな高尚な言葉であっても、自らの魂がこもってない言葉に人の心が動くことはない。響くこともない。生きることもない。

 だからと言って、私にとって、「プライド」という言葉。誇り、とも思えないし、自尊心ともまた違う。意地でも自信でもない。やはり、プライドは、「プライド」なのだ。

 強いて挙げれば、「意志」という言葉が一番近い。感覚的に。

 私は、今のところ、三役を担っている。あるいは、三つの道を持っている。
 私は、「介護職員」(労働者)であり、「日本人」であり、そして、「男」だ。この三役だ。
 この三役を追求するのが、このブログの目的だ。私は経験がなければ記事が書けない。つまり、このブログを充実させるということは、自分自身の人生を充実させるということだ。

 アダルト記事もあり、それが果たして「プライド」かどうかはわからないけれど、ともかくもお付き合い頂ければ幸いです。

 これからもどうぞ、よろしくお願いします。
 

菓子パンの魔力

おれ的問題意識
04 /01 2017
 食欲はいくらでも我慢できる。別に苦労してない。

 問題は、菓子パンだ。

 やめるのに一年くらいかかった。やっとやめられた、と思った・・・。
 このブログでも自戒するために、あえて記事を消さずに残してある。これとかこれとか。
 おかげで、チョコレートやらスナック菓子やらお菓子の類はいっさいやめられた。

 菓子パンは死ぬ程美味いとどこかの記事で書いてあった。


 唐突に襲い掛かってくる。菓子パンの欲望が。夜。寝てる時。
 脳が犯されてる感じだ。エンドロフィンだかドーパミンだか脳内の麻薬物質が一気に噴出している気がする。
 要は、菓子パンは美味を越えて、快感なのだ。

 別に私はふざけてるわけじゃない。
 これは、これまで自堕落で暴飲暴食してきたつけだ。
 そんなしつこい欲望も、朝になるとケロッと消えているから不思議なもんだ。

 昨夜は何とか我慢できた。禁菓子パン、何とか継続中だ。これも男のプライドってやつだ(笑)
 
 

私の個人主義

おれ的問題意識
02 /17 2017
 智に働けば角が立つ。情に掉させば流される。意地を通せば窮屈だ。

 とかくに人の世は住みにくい。

 住みにくさが高じると、安いところへ引き越したくなる。
 どこへ越しても住みにくいと悟ったとき、詩が生れて、絵ができる。

 人の世を作ったのは神でもなければ鬼でもない。やはり向う三件両隣にちらちらするただの人である。
 ただの人が作った人の世が住みにくいからとて、越す国はあるまい。
 あれば人でなしの国に行くばかりだ。人でなしの国は人の世よりもなお住みにくかろう。

 越す事のならぬ世が住みにくければ、住みにくいところをどれほどか、寛容て(くつろげて)、束の間の命を、束の間でも住みよくせねばならぬ。

 ここに詩人という天職ができて、ここに画家という使命が降る。

 あらゆる芸術の士は人の世を長閑にし、人の心を豊かにするが故に尊い。



 ・・・。

 長くなったが、漱石、『草枕』の冒頭の文章だ。

 私には、意地もあれば、プライドもある。殴られれば、そりゃ殴り返すさ。

 私は、物事、人事の本来あるべき自然な姿ってのを大事にしてるだけだ。

 法の下の平等と言うが、私にしてみれば、人は皆、自然の摂理の下、平等なんだ。

 それが、私の個人主義だ。

 生きにくさ、働きにくさ、感じてるよ・・・。私には、いろいろと才能が無いんだと思う。


 そんな世の中に生きる人間の心を、たとえ一時的にせよ、平和な気分にし、人の心を豊かにするのが、漱石の言う所の芸術の士であるならば、私は、そのような介護従事者でありたい。

 芸術とまでは言わない。エンターテイナーだ。

 

努力は必ず報われる

おれ的問題意識
09 /21 2016
 努力したからといって、必ずしも、思うような結果が出るとは限らない。

 残念ながら、現実はそうだ。

 だけど、その努力は、いつか、何らかのかたちで必ず報われる。自分に返ってくるんだ。
 あの日、あの時、結果こそ伴わなかったものの、自分なりに頑張って良かった。
 そう心から言える日が必ず来る。

 これは私の人生経験だ。必ず、と言える、私の経験だ。

 他の多くの人がセックスしたり、仲間同士でわいわい遊んでいる時、きみはたった一人、汗みずくになって、あの荒れ果てた田畑の草を刈り、田を耕す。
 きっとそこは豊かな土壌となり、その豊かな土壌に立派な稲が育ち、実るはずだ。
 そんな地道で、誰も見てない誰も見向きもしない努力を怠ってはいけない。

 厳しく、辛いかもしれない。
 だけど、いずれ来る実りの時期のために、田んぼを力の限り懸命に耕すのが、男ってものなんだ。


 おれもやる。だから、きみも頑張れ。
 

私は学校が嫌いだった

おれ的問題意識
09 /01 2016
 高校。
 登校初日に退めたくなった。
 理由?よくわからない。クラスの雰囲気が何か自分とは合わない気がした。
 友達もできず、ひとりぽつんとしていた。
 とにかく、ものすごくつまらない日常だった。

 だが、登校拒否は親が許さなかった。
 だから、自分なりに策を練った。
 「行ってきまーす」と家を出て、いったんは学校方面に向かう。
 だが、親の目が届かないところまで来ると、自転車を学校とは逆方面に向け、しばらく街中をぶらぶら・・・。
 でもやることもないので、繁華街へ向かい、ゲームセンターで遊んでいた。

 どういうきっかけだったが覚えてないが、中学時代の友人たちがそこ(ゲーセン)に来てた。私が誘ったのかな?とにかく覚えてない。
 だが、私にとっては大事な仲間だ。
 そんな仲間と一緒に、学校にも行かず、ゲーセンでたむろする日々が続いた。

 やがて、私は、ボンタンを履くようになり(知ってる?太いズボンさ)、髪の毛も茶色になった。オキシドールで脱色したのだ。
 タバコを覚えたのもその頃だったか・・・。

 
 そんな私だったが、それでもたまには学校に行った。大体遅刻だったが。
 2学期だったか。やっと一人だけ、友人ができた。と言っても、似た者同士だ。
 そいつもほとんど学校へ来なかった。
 たまに学校で顔を合わせた時も、ヤンキーに目を付けられていたので、二人して逃げ回ってた。
 学校の外に出て、たばこを吸いながら、このままどっか行っちまうか、なんて笑って話してた。


 高校に受かった時は、引き続き、野球をやろうと思ってたのだが、もう学校自体が嫌で嫌で、部活どころじゃなかった。
 野球を失った私は弱かった。
 何の生き甲斐もない。学校へ通う甲斐も価値もなかった。

 それに、言葉も持ってなかった。
 私にとって、「(学校に)行きたくねーから行かねー」。それだけだった。
 生意気だったんだな。多少鍛えていたから、腕力にはちょっとだけ自信があった。

 いつ頃だったっけかな。
 深夜、家にも帰らず、友人と一緒に繁華街をうろついていた時だ。
 ヤンキーたちがメンチ切ってきて、そのまま病院の裏に連れて行かれ、ぼこぼこにされた。
 いつ終わるとも知れないリンチに、急所だけは何とかカバーしながら、早く終わってくれないかなー、なんてのんきに思ってた。
 時々通る人の見て見ぬふりが、何だか空しかったな。別に助けてくれとは思わなかったが・・・。

 それ以外にも揉め事はたくさんあった。
 だが、これは少年たちの問題であり、争いなのだ。
 大人たちがどうのこうの口出しすべきじゃない。アドバイス?ふざけんな!って感じだった。


 まあ、ともかく、そんな青春だったよ。私の場合は。

 今思えば、ただ、懐かしい・・・。そう、懐かしいだけ。
 それ以外に何の感慨も価値もない。
 そもそも青春に価値なんてあるのかな・・・。


 今苦しんでいるきみも、きっと、その頃が懐かしいと思える日が来るよ。

 余計なお世話だって?

 まあ、そうだね(笑)
 

悪魔の飽食

おれ的問題意識
08 /14 2016
 肉食のことだ。
 従って、肉を愛する方にとっては不愉快な文章かもしれない。
 だが、あえて書かせて頂こうと思う。

 いつか書こうと思っていたんだ。


 『悪魔の飽食』というのは、作家、森村誠一の作品名だ。
 石井731部隊、即ち、人体実験を行なったとされる軍隊について書かれた本だ。とにかく、残虐極まりない・・・。
 だが、本項において、私はその本の内容について言及するわけではない。


 まるで、悪魔の飽食じゃないか。と思うのだ。現代の肉食文化を。

 私は肉食を断っている。肉食を断って、もう随分経つ。恐らく、これからも、一生涯、肉を食すことはないだろう。

 最初は自分を戒めるためだった。
 要は、好きなもん食ってて成功なんて出来るわけないだろ、ということさ。
 それから、食事についてのいろんな本を読み、また、自分の体で、肉は日本人には合わない。と感じたんだ。
 だが、その頃までは、女性との食事の時だけに限り、お付き合いで食べてた。ハンバーグとかさ。
 完全に肉食をやめるきっかけとなったのは、屠殺現場。その映像を見てからだ。
 その残酷さ。まるで、悪魔の所業だ。


 人間の奢りだ。自然に対する人間の奢りなんだよ。現代の日本やアメリカの肉食文化は。

 「いただきます」、「ごちそうさま」を言えば済むって話じゃない。
 それをたとえ、どんなに丁寧に言ったところで、不必要に殺される牛や豚の生命が報われるわけがないじゃないか。
 何故なら、牛や豚を食べなくても、日本人は充分生きられるんだもの。

 要は、現代の日本人は、生きるために、自分の生命を保つために食べてるのではなく、単に美味いから好みで食べてるわけだ。
 「いただきます」? 「ごちそうさま」? だと? その意味、本当にわかってるのか?
 「いただきます」を言うくらいなら、最初から食うなよ。


 ごめん・・・。言葉が荒くなってしまった・・・。

 とは言え、私も魚は食べる。魚とて動物だ。それもとても美味しくいただいている。
 それに、私は一日一食でこれからもそれで行くつもりだが、それでもその一食はけっこう食べている。
 ご飯が好きで、それを、そうだな・・・。白状すれば、生命を維持するために必要な量、それ以上に食べている・・・。

 だから、非難するつもりはないんだ。押し付けるつもりもないよ。

 ただ・・・、ちょっと考えてみてほしいんだ・・・。