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ご挨拶(当ブログについて)

category - 路地裏の散歩者(仮) 10 0

  • 2019/12/21 06:49
  •  いつも拙ブログを見て下さっている皆様
     「相互リンク」、「ブロ友」をして下さってる管理者様

     大変お世話になっております。

     リンクについて
     誠に恐れ入りますが、一年以上更新の無いブログ・サイト様、また、今となっては縁遠くなってしまったブログ・サイト様につきましては、リンクを外させて頂いております。
     このブログをご覧頂いていたら、本当に申し訳ございません。
     また、私の自己判断により勝手にリンクさせて頂いたブログ・サイト様も多々ございます。
     ご都合悪ければ、すぐに対応いたしますので、管理者様、お手数お掛けしますが、コメント欄にてご連絡の程、どうぞよろしくお願いいたします。


     ブログ名の「Sadistic Mind」とは、男は心優しきSadistであれという意味です。
     自身のプライドを賭けて紳士であれという意味です。
     そのためには、そうあり、そうあり続ける強い意志が必要となる。今だけじゃない。一生涯においてだ。


     時々、過去記事も更新してます。もし良ければ見てみて下さいね。
     記事への拍手、ありがとうございます。
     恐らく同じ方が押して下さってるのでしょう。本当にありがとう。励みになります。

     顔も名前も分からず、今後お会いすることもない、ただブログを介してのみの関わり。
     私はそんな関係を割りと気に入ってます。



     今後ともどうぞよろしくお願いいたします。

    「Rising Sun」


    我が生命 この地と共に今ありし

    先達の意志 しかと受け継ぎ 生きんと思う



    己生まれし 日本こそ 生きて花咲く 日出ずる大地



    過去よりも 未来に目を向け 今を生き

    己が人生 きみが友 志持て共にあらん







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    Ronin

    category - 路地裏の散歩者(仮) 0 0

  • 2019/08/17 11:48


  •  


     戦争はいかなる理由があろうと、絶対に回避すべきだ。
     ましては自国の利益のためなんてもっての外だ。
     たとえ対話が決裂しようが(即ち金による解決)、それでも戦争だけは回避すべきだ。

     だが、その絶対がもはやこれ以上維持できず、崩れ去り、不可能となった場合には、やるしかない。
     それが戦争の時だ。
     その時、はじめて死をも辞さない揺るぎない信念が生まれる。

     大義名分だ。

     

    終戦の日(8.15)

    category - 路地裏の散歩者(仮) 0 0

  • 2019/08/15 19:03


  •  私は東京に住んでいながら、まだ靖国神社に参拝したことがない。
     私はこれを、日本人として自身の怠慢だと思っている。(無論、他の人に押し付けるつもりはない)
     靖国神社とは他の神社と違い、招魂場だ。
     戦場で死んだ日本人戦士たちの魂の場所だ。
     私はその場所を、天皇陛下と同じように、日本の歴史の象徴だと思っている。
     
     戦時中、政治家や軍部の上層部はともかく、彼らは純粋だった。
     だが、彼らとて人間。戦場において、いろんな思いがあったろう。
     何とか死なずに生きて日本に帰りたいと思う人もいただろう。逃げようとした人、実際戦火から逃げた人もいただろう。
     軍人勅諭に反して、捕虜の道を選んだ者もいただろう。
     それは別に恥ではない。
     たとえどんな教育を受けようが、死にたいなんて思う人はまずいない。
     人間だもの。

     私だって、今、日本のために死ねとか言われても、なんで?嫌だよ。冗談じゃねえ。と返すだろう。

     戦場で死ぬには、絶対的な大義名分が必要だ。自分が死ぬことに最大の意味・意義が必要だ。
     それは私という個人をはるかに超越した存在感覚だ。
     亜細亜の植民地支配からの解放、大東亜共栄圏、そして、天皇陛下。もしかしたら、もっとそれ以上の思いがあったのかもしれない。

     あの戦争で死んでいった一人一人の本音や真実の程はわからない。
     だが死ぬ間際、日本の正義と誇りを信じて、死に物狂いで戦い、散っていった。これは事実だ
     たとえ、「天皇陛下万歳」と叫ばなくても(多くは「お母さん!」だったそうだ)、彼らの死は正に日本人としての死だ。



    高杉晋作は戊辰戦争で死んだ同志のために次のような詩を捧げている。


    猛烈の奇兵

    何の志す所ぞ

    一死をもって

    邦家(国)に報いんと要す

    よろこぶべし

    名遂げ功成るの後

    共に招魂場上の

    花とならん








     
    時代は違えど、私は信じている。

     
    彼らは、後世の日本に誇るべき見事な花となった、と。

     
    今を生きる僕ら日本人は、彼ら一人一人の死を尊び、敬うべきだと思う。




     

    ラジオ体操第一(ガチャピン、ムックと一緒に)

    category - 路地裏の散歩者(仮) 0 0

  • 2019/08/09 19:15
  •        たかがラジオ体操と侮るなかれ。まぢめに本気でヤると意外と汗をかく                        曲げるトコはちゃんと曲げ 伸ばすトコはしっかり伸ばーす が大事なの♪                             ラジオ体操CD。方言ばーぢょんが存在する...
    っ 眠気覚ましの



     前の記事、かなり重たい話をしてしまった。エロスを見にいらして下さる方々には申し訳ない。
     だが、このブログはいわば何でもありブログだ。ご了承頂ければと思います。
     それにしても、その時代に翻弄され犠牲となった方々の言葉を聞き、映像を見、思いを感じると、正直、辛い。
     心が重くなる。
     だけど、それが歴史なんだよね。

     気を撮り直そう。
     ラジオ体操第一でいい汗かこう。体を動かすことはいいことだ。ちょっとしたストレス解消にもなる。また、少しくらいの疲労だったら、軽く体を動かした方がむしろ疲れは取れる。
     もちろん、無理しないでね。ガチャピン、ムックと一緒に楽しみながらやろう(笑)

      





     続きを読むで、久々、自撮り晒してみました(笑)
     男の画像なので、男性の方気を付けて。女性の方も要注意。まあ、ご興味あれば見てみて下さいな。

     

    続きを読む

    長崎8.9

    category - 路地裏の散歩者(仮) 0 0

  • 2019/08/09 17:42


  •  1945年(昭和20年)8月9日11時2分。
     長崎に原爆が投下された。
     当時の長崎市民24万人のうち約7万4千人が死亡した。(広島は14万人)
     重軽傷を負った人たち、後遺症を負った人たちを含めれば、その被害はもはや甚大などと言う言葉では表しきれない。
     人類を滅亡させようとする行為だからだ。

     時のアメリカ大統領は、ルーズベルトから変わったトルーマン。
     この男が広島、長崎に原爆投下を命じ、さらには京都にまで落とそうとした。
     軍の投下指示書に対し、パチンと指を鳴らして軽く承諾し、それはまるで、殺戮を鼻でせせら笑うかのようだ。
     後年、原爆投下の質問に対して、奴は言う。「まったく心が痛まなかった」と。
     戦後日本の占領政策を「猿を『虚実の自由』という檻で飼い慣らす」と。

     正に、日本人の気持ちを逆撫でするような言葉だが、私はそれ以上のやばさを感じる。

     「因果応報」という言葉や観念が欧米にはないのか。
     良いことにせよ悪いことにせよ、自分のしたことは必ず自分に返ってくる。
     報いの姿は変われど、必ず、自分に返ってくる。

     今、アメリカは世界一の超大国だ。
     しかし、私はだからこそ、そんなアメリカに不吉な予感がしてならない。
     ニューヨークが一瞬にして灰になるような(一般市民を巻き込んで)、大きな災いがいずれ起こるのではないか・・・。

     私はそんなことはつゆとも望んでない。(私は別にアメリカが嫌いでもないし、怒りも憎しみもない)
     しかし、それを回避するには、彼らは謝罪すべきだ。
     お金云々はともかく、心からの謝罪が彼らアメリカには必要なんだ。

     だが残念ながら、今のアメリカ市民はトルーマンのような考え方が一般的なんだそうだ。
     即ち、原爆大正解。我々は正しいことをしたという考え方だ。むしろ感謝しろという意見まである。
     ヒトラーだって原爆なんて落とさない。

     因果応報。
     これは目に見えない自然の摂理だ。言い方を変えれば、神の意志だ。
     そして自然は必ず、その道理を通す。
     平和であってほしい。そのために、辛いことかもしれないが、広島・長崎を過去のことだと葬らず、ましてや理屈なんかで誤魔化すのではなく、ちゃんと謝るべきだ。
     でなければ、彼らはやばいことになる。

     神がかったことを書いてしまったが、私はそれを危惧している。
     私の予感など絶対当たってほしくない。単なる考えすぎ、思い過ごしと思いたい。
     誰もが平和を望み、仕事に精を出し、友人や恋人と楽しみ、幸せを求めているはずだ。それは他国の人たちであれ。

     私はアメリカに平和であってほしいと切に願っている。

     



     

    広島

    category - 路地裏の散歩者(仮) 0 0

  • 2019/08/06 16:44


  •  今日、8月6日は、広島に原爆が落ちた日だ。
     日本だけじゃない。世界の人々にとって忘れてはならない日だ。
     怖がらせるわけじゃないが、核で人類が滅亡する可能性は残念ながら、充分あり得る。

     それを肝に銘じよう。そして、僕ら日本人、せめて一分間の黙祷を捧げよう。

     



     この怖ろしく不気味なきのこ雲。何か人類に警告しているような気がする。

     No more Hiroshima...

     合掌・・・。


     

    出征

    category - 路地裏の散歩者(仮) 0 0

  • 2019/07/29 12:22


  •  

     古いださいと笑うだろうか。ばかだ間違った時代だと蔑むだろうか。必要悪だったと開き直るだろうか。
     だが私は、この歌を涙ながらに歌うその時代を生きた人たちを見るにつけ、古いださいの一言では片づけられない深い思いを感じるのだ。
     その時代を生きてもいないのに、その時代とその時代を生きた人たちを非難する資格はない。